2026年4月、東京エリアのJEPX(日本卸電力取引所)スポット価格は、中東情勢による燃料コスト上昇を背景に、再び荒い値動きを見せました。資源エネルギー庁の需給見通しでは、2026年度夏季の東京エリア予備率は0.9%と、安定供給に最低限必要とされる3%を大きく下回るとされています。
小売電気事業者にとって、JEPXへの依存はもはや一時的なリスクではなく、経営そのものを左右する前提条件になりつつあります。この記事では、新電力の経営環境がどれだけ厳しさを増しているのかを公開データから確認したうえで、需要側からコスト構造そのものに手を入れる「デマンドレスポンス(DR)」が、なぜ生存戦略の選択肢として現実味を帯びてきているのかを整理します。
新電力の経営が不安定になりやすいのは、電力調達の多くをJEPXのスポット市場に頼っているためです。発電設備を持たない小売電気事業者にとって、スポット価格の変動はそのまま利益の変動に直結します。しかもこの数年で、市場そのものの性質が大きく変わってきました。
2020年度末には記録的な寒波とLNG在庫の逼迫により、2021年1月中旬に一時250円/kWhを超えるコマが発生し、月平均も60円/kWhを突破しました。2022年度はウクライナ危機に伴う燃料高騰で年度平均が20円台まで上昇し、この局面だけで新電力100社超が撤退・事業譲渡に追い込まれたとされています。
2023〜2025年度はLNG価格が落ち着き、10〜13円台まで下がっていましたが、2026年4月には中東情勢による燃料価格上昇を受けて、東京エリアの価格が全時間帯で前年同月・前月を上回り、夕方18時台には再び30円/kWhを超える水準まで上がりました。「市場は落ち着いた」という前提は、毎年のように書き換えられているのが実情です。
追い打ちになっているのが、2024年度から本格的に負担が始まった容量拠出金です。将来の供給力を確保する容量市場の仕組みにより、発電設備を持たない小売電気事業者にも新たなコストが課されるようになりました。電力広域的運営推進機関(OCCTO)の試算によれば、2024年度に小売電気事業者が負担する容量拠出金の総額は1兆4,650億円(経過措置控除後)にのぼり、平均負荷率30%程度の事業者であれば、電気料金換算で1kWhあたり3円台の負担増になるという試算もあります。
容量拠出金は、4年前に実施されたオークションの結果でその金額が決まる仕組みです。ここで見落とされがちなのが、このオークションはすでに実施済みであり、2029年度分までの金額はすでに「確定した未来」だという点です。制度初年度の2024年度実需給分(2020年度オークション)は1kWあたり14,137円という異例の高値で約定しましたが、その後2025年度実需給分は1kWあたり3,500〜5,000円程度まで大きく下落しました。しかしこの下落は一時的なものにすぎません。2026年度実需給分は全国平均5,226円/kWへ、2027年度実需給分は7,847円/kWへと、前年から約1.5倍のペースで再上昇に転じています。そして2028年度実需給分は13,177〜14,812円/kWと制度開始年に迫る水準まで急騰し、直近公表された2029年度実需給分では、初めて全国すべてのエリアで指標価格(10,075円/kW)を上回り、東北・東京・九州の3エリアでは上限価格(15,113円/kW)に到達、経過措置控除後の総額も約2兆2,094億円と6回のオークション史上最高を更新しました。「一旦下がったから安心」ではなく、「2026年度以降、毎年のように負担が積み上がり、2029年度時点で過去最高を更新することがすでに確定している」というのが実態です。
容量拠出金の負担ルールは、大手電力の小売部門にも新電力にも同じ算定式で適用されます。ただし、電源調達の構成によって値上げの必要性には差があります。原子力や長期の相対契約で電源を確保できている事業者は、燃料価格の変動やJEPXの高騰の影響を受けにくく、値上げをしなくても事業を維持しやすい一方、JEPXからの調達比率が高い新電力は、同じコスト増でも価格転嫁をしなければ利益を圧迫されやすい構造にあります。日経エネルギーNextビジネス会議が2024年5月18日に開催した幹部交流会でのアンケート調査では、容量拠出金の負担開始にあわせて電気料金を値上げした事業者は約3割にとどまり、約4割は競争環境を踏まえて値上げを見送り、自社の経営努力でコストを吸収していると回答しています。値上げをするかどうかは各社の経営判断であり、どちらが正しいというものではありませんが、電源構成による競争力の差が、新電力の経営をより難しくしている一因であることは知っておく必要があります。
出典:日経エネルギーNext 「新電力の3分の1が『容量市場値上げ』、大手電力はなぜ価格転嫁しないのか?」(日経エネルギーNextビジネス会議 2024年5月18日開催・幹部交流会アンケート結果より。会員企業を対象にしたアンケートであり、回答企業数など詳細な母数は記事内に明記されていません)
こうした厳しさは感覚論ではなく、数字にも表れています。帝国データバンク(TDB)は2021年4月時点で登録されていた新電力706社を定点観測し、継続的に事業撤退動向を調査しています。
2022年3月時点でわずか17社だった撤退・倒産の累計は、2023年3月に83社、2024年3月には119社(構成比16.9%)まで増え、TDB自身も「2年前の7倍に膨らんだ」と分析しています。一方で資源エネルギー庁の集計によれば、小売電気事業者の登録数自体は2016年4月末の291者から2025年1月末には747者まで増え続けています。つまり市場では、新規参入と撤退が同時に進む「二極化」が起きているということです。体力のある事業者はさらに規模を伸ばし、価格変動を吸収しきれない事業者から順に脱落していくのが、新電力市場の実態です。
これまで多くの新電力が取ってきた対策は、調達側の工夫に偏っていました。相対契約や電力購入契約(PPA)による長期固定化、先物市場でのヘッジ、燃料費調整額の見直しによる価格転嫁などです。どれも有効な手段ですが、「大手電力が動かない限り、自社だけが値上げに踏み切りにくい」という価格競争上の制約と、「調達コストが下がる保証はどこにもない」という不確実性は残ったままです。
さらに容量拠出金は、各小売電気事業者のピーク時(H3需要)の使用量に応じて按分される仕組みになっています。つまり調達コストをどれだけヘッジしても、自社の顧客群のピーク需要そのものを抑えない限り、この固定費は増え続ける可能性があるということです。ここに、供給側の対策だけでは埋めきれない部分があります。
供給側の対策が「価格変動をどう受け流すか」だとすれば、デマンドレスポンス(DR)は需要側、つまり顧客群のピーク使用量そのものに働きかけ、コストの元になる分母を小さくするアプローチです。需給がひっ迫する時間帯に需要家へ節電を呼びかけ、逆に需要の少ない時間帯には利用を促すことで需給を調整します。小売電気事業者にとっての本質的なメリットは、単なる節電の呼びかけにとどまらず、容量拠出金の算定対象になるピーク需要そのものを圧縮できる点にあります。年にわずか数回発生するピーク時間帯の需要を抑えるだけで、翌年度の容量拠出金という固定費を直接引き下げられる仕組みであることは、業界内でもまだ十分に知られているとは言えません。
「デマンドレスポンス」と聞くと、電力価格が高騰した瞬間に需要を下げて収益を守る、いわゆる経済DRを思い浮かべる方も多いかもしれません。実際、逆ざやになるほど価格が高騰する時間帯は限られており、経済DRだけで利益改善を実感しづらいという声もあります。しかし容量拠出金の圧縮を目的にしたDRは、経済DRとは狙いが異なります。年間のピーク需要を数回抑えるだけで翌年度の固定費が下がるという意味で、電気料金の値上げが競争上難しい環境の中でも、インバランスリスクを抑えながら利益率を守れる、数少ない打ち手だと言えます。
実際に、需要ピークの時間帯を予測して自動でDR要請を発動する仕組みを備えたシステム型のDR支援サービスも登場しており、需要家の参加意思の集約から節電量の算定・報告作成までをクラウド上で自動化することで、少ない人員でも運用負担を抑えながら導入できるようになってきています。経済産業省のデマンドレスポンス関連補助事業に登録された支援サービスを活用すれば、申請から実施までを一貫してサポートしてもらえるため、体制が薄い事業者でも取り組みやすいのも特徴です。
また、DRを実現する具体的な手段として、需要家に蓄電池やエコキュートといった機器の導入を提案・販売するという方法もあります。この場合、新電力にとってのメリットは容量拠出金の負担軽減にとどまりません。機器の販売・設置工事までを自社、またはパートナー企業と組んで手掛けることで、電気の契約獲得とは別に、機器販売による粗利という収益源を新たに持てる点も見逃せません。DRを「コスト対策」としてだけでなく、「機器販売を伴う新たな事業機会」として位置づける新電力も増えてきています。
加えてDRは、電気料金の値上げだけで乗り切ろうとする事業者と比べて、需要家からの見え方にも違いが出ます。需要側の最適化によってコスト構造そのものを改善しようとする姿勢は、社会的責任を果たす取り組みとしても伝わりやすく、コスト対策と同時にブランディングの手段にもなり得ます。
デマンドレスポンスを自社だけで一から構築するのは、専門知識と初期投資のハードルが高く、多くの小売電気事業者にとって現実的なのは支援会社の力を借りることです。支援形態は大きく「システム導入型」「PPS代行型」「コンサルティング型」の3つに分かれます。開発リソースがなくても内製化を進めたいならシステム導入型、需給管理や電力調達まで含めて外部に任せたいならPPS代行型、DRを中長期の事業戦略に組み込みたいならコンサルティング型が向いています。次の高騰局面が来てから動き出すのでは遅く、平時のうちに自社に合った形を見極めておくことが、生存戦略の第一歩になります。
※本記事の数値は2026年7月時点で公開されている一次情報・報道等をもとに作成しています。容量拠出金の単価やJEPX価格は事業者・年度・エリアにより異なるため、実際の負担額は各社の請求情報や電力広域的運営推進機関の公表資料をご確認ください。
デマンドレスポンスの導入を検討する企業向けに、システム型・PPS代行型・コンサルティング型といった支援形態別で、厳選した支援会社をご紹介します。
比較・検討の参考としてご活用いただければ幸いです。


